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今日は楽しい文化祭

今日と明日は高校生活3回目の文化祭である。自分はこの日に物理化学部での活動の集大成を出すために夏休みが始まる前から少しずつゲームを作っていった。実際は去年の9月から文化祭を見据えてゲームを考えたりはしていたが、いずれも完成させるまでのモチベーションを維持することは出来なかった。1年前のゲームもそうだったし、自分は期限が迫ってこないとやる気が出せないタイプなのだろう。というかそうに違いない。
今回のゲーム製作もそうだった。2週間前には順調に行けば文化祭の2日前には完成している予定だったのが、途中でうっかり東方に手を伸ばしてしまったり、同窓会に行ったり、関係ないことをしながら制作していった結果、当日の早朝に完成するという結果になってしまった。予定通りに動くことが出来ないというのはあまり、いやかなり良くないが、なんだかんだで期限内に間に合わせているのだから問題無いだろう。そしてこう考えているから自分もこのギリギリまで仕事をしない悪いクセを治そうとしないのだ。

自分はこの部活に入ってからの2年と数ヶ月、結局はウディタしかいじらなかった。HTMLなども少し勉強したが、ゲーム製作に関してはウディタのみである。その間完成させたゲームは2本(5時間で作ったアレを含めると3本)。考えただけのものなら20本ほどあると思うが、いずれも前に述べたようにモチベーションは持たない。しかし、それらの未完成のゲームは確実に自分の成長の糧になっていた。今回製作したゲームは今までの失敗を反省し、製作に取り掛かる前に出来るだけ細かいところまでどのようにするかというのを考えた。その結果、致命的な計算ミスによるバグに苦しまされたり、後から考えたシステムと新しく思いついたシステムが互いを邪魔しあったりするという事態に陥らずに製作していくことが出来た。また、かつて頭の中でどう動くかを思いついても計算式が思いつかず実現することが出来なかったプログラムも、それまで作ってきたプログラムの応用により作ることが出来た。自分の成長を実感することが出来るというのはとても喜ばしいことだ。費やしてきた時間が無駄ではなかったのだから。

このゲームを作っていて気づいたのだが、自分が創作をしていて思っているのは、「楽しんでもらいたい」という相手の為の感情ではなく、「つまらないと思われたくない」という自らに対する気持ちであった。ここで自己中心的な自分の思考にほんの少しだけ軽い自己嫌悪に陥りかけたが、この気持ちは創作者なら誰でも抱くものではないのか、そもそも自分の創作は自分が作りたいからというのが理由ではないか、と考えそれは回避した。実際ゲームを作っていると「これは本当に面白いのか」と不安になってくる。自分の場合自分で自分のゲームを評価してみてもあまりよいものに思えず、その不安がより大きい物になっていく。そして最終的にはいっその事ゲームの製作をやめたくなってしまう。完成した時の達成感を知っていてもその気持ちは容赦なく自分の創作意欲を攻撃してくるというのを知った。こういったことを考える度に思うのだが、自分は創作に関しては自己顕示欲をもっと強くしつつ周りの目を気にしない方が良い。変に取り繕わずにそのままの自分の実力、意思を知ってもらえたほうがずっと楽に違いない。そう考えているのに、自己顕示欲を抑えようとするのだ。


最終的に何を言いたいのかわからなくなってしまったが、自分の頭の中を整理することが出来た。昼夜逆転してしまいそうなほど危うい睡眠時間の取り方をしてしまっているのが不安なのだが、最後の文化祭に臨む。落描きのネタを考えながら1時間ほど寝て学校に行こうと思う。
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デュエリストでポケモントレーナーでチャーケニストでジャンプ好き。クルマユ大好き。

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